自分が何者であるかということを念仏宗のような教えの中に考える

自分が何者であるかということを念仏宗のような教えの中に考える

友人は、海外に住んで、宗教というものを強く意識するようになったそうです。
念仏宗の教えもそうなのですが、日本人の生活習慣の中に見え隠れする仏教の教えに比べて、海外では生活というよりも人生の中での宗教がかなり重要なことになっているからです。
例えば食べ物の制限がある宗教もありますよね。
海外ですと、自分は無宗教だからといって、その制限を持った宗教を信仰している方の前で、その食べ物をパクパク食べるわけにはいかないそうです。
そこは、遠慮しなければいけないし、その宗教のことを理解することも必要だということなんだそうです。
そんなこともあって、友人は自分が日本では意識してこなかった念仏宗をはじめとする仏教の教えというのを、海外生活においていやでも意識させられることになったそうです。
ただ、それは決して悪いことではなく、そこに海外生活の意味もあるし、究極は自分が何者であるかということをしっかりと持つきっかけにもなるわけです。